競争社会と低成長期

2023年7月4日をもちまして、株式会社エムールは設立17周年を迎えることができました。ひとえに皆様のおかげと感謝申し上げます。

今回は社会の変化を自分なりに捉え直し、私たちが今後どう考えて取り組んでいくかという想いを書いていきたいと思います。

私は団塊ジュニア世代です。人口が多く競争社会で、良い学校、良い会社に入れと言われていました。 うまくいかなければ「努力が足りない」「3年は我慢しろ」と自己責任を問われ、言葉の暴力も体罰も日常の風景でした。 学生時代・社会に出ては就職氷河期、新社会人の時は、朝は早くから夜中まで毎晩働いていましたし、今のような丁寧な指導というものとは縁遠いものでした。

競争社会の中での努力と忍耐の毎日の中で、違和感は持ちながらも、我慢と努力だけは得意なまま30年近くが経ちました。 先輩たちのバブルの話は聞いたことがありますが、残念ながら私たちには無縁のもので、私たちが社会人になった頃からの30年は、そのまま日本の低成長期と重なっています。

“働く”の変化

この間に、社会は大きく変化しました。仕事の時間や場所では自由な働き方が導入され、組織の人間関係、社員のメンタルケア、ヘルスケア、成長のための教育支援など、過去の常識は否定され、改善が進んできたように思えます。 会社だけでなく、学校や公共機関も同様ではないでしょうか。

組織においての人の意識は大きく変わりました。あの時代は何だったのだと思う事もしばしばありますが、今の若い人には何の責任もありません。時代の変化に従い、新たな組織の在り方や人との関係に自分も会社も変化させています。

経済環境の変化

しかし、それ以上の変化が経済環境です。ここ数年でも大きな変化がありました。地震など自然災害、新型コロナウィルス感染症の流行拡大、記録的な円安、急激な物価高など滅多に起こらないと言われていたことの発生頻度が高まっています。 経済の発展や科学技術の発展の一方で、人間の経済活動自体が自然環境を脅かすなど、多様で複雑なリスクが社会に生産されるようになりました。 また、それらのリスク要因は連鎖しており、いつどのようなことが起こるのか予測できません。これらのことから、見えない不安が世の中を包んでいるような感覚があります。

ビジネスにおいての大きな革命はデータ駆動型社会になったことでしょう。膨大なデータを瞬時に収集・分析することができるようになり、それが人間の行動の意思決定に深く関連付けられるようになりました。 一部の仕事では、大幅に効率化、省人化、確率の向上がされたことでしょう。

データ駆動型社会と人間性

しかし、データ駆動型社会によって「人間の心理と行動」と「仕事の成果」との整合性が取れなくなった側面もあると私は考えています。

今までは、人間同士・会社同士の争いはおよそ想像の範囲内での勝ち負けでした。 陸上競技で置き換えると100mで走った時、Aさんは10.0秒で、Bさんは10.1秒。 「まぁ、そうだよな」というような差で、また努力して何とか差を埋めようと頑張るわけです。しかし、今は違います。 ECの世界では、同じような価格・品質の商品でもデータ駆動型の仕組みによって優位が働き、10倍も20倍も差がつくことがあります。 100mでBさんが頑張って10.1秒から9.9秒になったのに、Aさんはある日急に10.0秒から1.0秒になってしまうような現象です。

想像以上の差になることで人間はどう考え、どういう影響を受けるでしょうか。 そして、その差は縮まるどころかデータ駆動型社会の構造上は活動を止めない限りは、永遠に広がります。 そうなると、「人間の心理と行動」と「仕事の成果」との整合性が取れなくなり、心理的に追い込まれることもあるでしょう。

「変化に対応できなかった」で片づけたくない

私の身近な例で恐縮ですが、「人間の心理と行動」上は素晴らしい先輩企業の方々が業界から引退することを何度も見てきました。 会社そのものが無くなってしまう例もあります。決して仕事を怠っているわけではなく、人と向き合い、能力を高め、社会に貢献しようと活動することは「人間の心理と行動」としては正しい。 しかし、「データ駆動型社会」としては最適ではない。このような事象を「変化に対応できなかった」というような安易な言葉で片付けたくはないです。 新たな形の経済社会に対して、自分がどう生きるか選択を迫られたのだと思います。「人間の心理と行動」を捨てることを選ばなかった、あるいは選べなかったということだと思います。 「人間の心理と行動」を積み重ねてこられた先輩企業の皆様が尊敬できる存在であることは私の中では変わりません。

年輪を刻む理由

エムールは17年間に渡り、微々たるものですが成長をしてきました。でも、それは他社様のように、急に3倍、5倍と急拡大するものではなく、年輪のような地味な成長です。 日々取り組んでいることも地味で当たり前な活動で、日本の人口動態の変化に合わせた商品ラインナップの変化、商品レビューやショールームの接客、アンケート調査などを元にした商品開発、 論文や特許を元にした研究開発、大学や専門家との共同研究と、基本的なものです。そして、生まれた商品やサービスを日本だけではなく、海外のお客様にも直接提供しています。 また、未来を見つめた睡眠教育といった新規事業開発にも取り組んでいます。

どれもお金や時間や手間がかかりますし、成功確率が高いとは言えません。また、多くの人の結びつきを通して生み出す活動なので衝突や問題も頻繁に起こります。 でも、これをやり続けているのは自社の理念と社員のやりがい、そして社会への責任からだと考えています。

効率化された社会は豊かな社会か

補足的な話ですが、データ駆動型社会では、それだけに業務を絞れば最大効率的に売上げを伸ばすことも可能ですし、そういった企業様もあります。 でも、これは現存するデータが元になっているので、全ての会社が同じことをやってしまうと業界から新しい商品は生まれなくなります。 このことを深く考えている会社様はどれくらいあるのでしょうか。ある識者が、スマイルカーブの両端しか生き残れなくなったと言っていました。 両端とは、「効率を追求した中身のないコンテンツ」か「徹底的に作り込んだトップのコンテンツ」だと定義していました。 スマイルカーブの中央に位置する、「そこそこに作り込んだ高品質なコンテンツ」が一番消費されないというようなお話でした。 確かに、そういう側面はあると思います。あらゆる局面で二極化が進んでいるのかもしれません。これもデジタル化した社会における一つの現象なのかもしれないですね。

何のために経済活動をしているのか

このような現象を日々体験していると一つの問いが生まれます。私たちは、「何のために経済活動をしているのか?」その答えは人や会社によって違います。 あえて、共通しているのではないかというものを挙げると「私たちは、お金や売上数字のためだけに人生を過ごしているわけではない」でしょう。 心と身体の充実など、他者への貢献も含めた「人としての幸福」のために仕事をしている人が多いと思っています。 現代は、その「ずれ」が生じているような気がしてならないのです。

エムールの社員は真面目で一生懸命で、人に対して優しい人が多いです。良いものを創り、それを通してお客様に喜んでもらえることに真剣です。 そして、思うだけで終わらすことなく、調査したり、論文を読み込んだり、研究開発をしたりという知的行動力もあります。 また、海外に果敢に挑戦する勇気もあります。日々、彼ら彼女らと一緒に仕事をしている時に「エムールは人間的な会社」なんだなと感じます。 その人間的なことが中途半端なレベルで終わると、スマイルカーブの真ん中になって消費されないのです。

私は、そうならないように高いレベルに導かなければなりません。私たちは、売上金額や効率だけ追求したEC企業にはなりたくはないし、なれません。 だとしたら道は必然的に決まっていくのだと思います。

私たちエムールが取り組むこと

今後さらに増えていく高齢者の方々に対して、心理的にも肉体的にも快適に過ごしていただくための商品を生み出していきます。 また、睡眠を寝室環境面からも習慣教育面からも改善する商品・サービスの開発を行い、社会から頼りにされる企業への道を進めていきます。 これをエムールの仲間と実現していくことはとても人間的な活動だと思います。そして、この人間的な活動と経済の成果をリンクさせるのが私の役割であり、腕の見せ所です。

社員の皆さんには、経済的な成功と共に、人の役に立つ意義がある仕事を通して仲間と共にポジティブに励まし合い、成長していく喜びを感じてもらいたいと思います。 それ自体が人生の楽しさみたいなものだと思います。

挑戦と開拓の伝播

経営者として悩むことも実はありました。売上が大きい会社を横目で羨ましいなと思う事もありました。 同年代で、会社を売却して引退する人もいましたし、これからも増えていくのだろうなと思います。そんな時、自分は何のために事業を創ったのかを考えるようになりました。 ちょうど1年前、エムール創業16周年の時に書きましたが、私はビームスやハリラン(HOLLYWOOD RANCH MARKET)に憧れた気持ちが事業を創るきっかけになったのです。 当時、彼らより売上が大きいアパレル企業はあったと思いますが、心を惹かれたのはビームスやハリランの商品や店舗、人や文化的な雰囲気でした。 現在のECで売上が大きい会社を否定しているわけではないのですが、数字の結果も出し、そのブランドが生み出す商品や雰囲気も尊敬される会社が業界に多く残らないと、と思ったのです。 そして、私たちエムールはそういう会社になろうと。

「非人間的に売上数字の大きさだけ追求」しても、「小技でリスク回避して自分だけ生き残る」のもあまり面白くはない。 開拓心があり、挑戦している組織で結果を出し、人が活き活きしている会社の方がいいなと思うのです。 そういう会社が下の世代に尊敬されて、また新たな起業家が生まれたら良いなと思うのです。いつか、「エムールをみて創業しました」と言ってくれる人がいたら良いのですが。

何を残すのか

そんなことばかり考えていた時、思い起こしたのがこの言葉でした。

「金を残して死ぬのは下だ。事業を残して死ぬのは中だ。人を残して死ぬのが上だ。―後藤新平」

人はいつか死ぬものです。だから、自分たちがやることは、人の心に残るものの方がいいなと思います。 自分が若い時、文化の香りがして心に響く企業に憧れたように、人の役に立ち、心に伝わる事業を残して、その志を受け継ぐ人を育てるのは素敵だなと心から思うのです。 とはいえ、そんなセンチメンタルな想いが通じる世の中ではないかもしれませんし、逆に、もっと非人間的なものや刹那的なものがさらに広がり、加速し、残念なことが増える可能性もあります。

しかし、それでもいいのです。結局のところは自分の、自分たちの納得感が大事だと思います。私たちエムールは、これからも人の役に立ち、ずっと心に残るような最高の商品とサービスを研究開発していきます。 そして、それを世の中へ発信することに全精力を使います。業界内には、弊社をコソっと応援してくれる人もいるはずですし、私たちエムールを応援してくれるお客様の期待に応え続けていきたい。 5年、10年と続けることで何かが変わる、進化すると信じて18期も邁進していきたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。