はじめに

2025年7月4日,株式会社エムールは設立19周年を迎えました。ここまで歩んでこられたのは,日々ご支援くださる皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。

20年目に突入した今のエムールをひと言で表すなら,「覚悟を持って本気で向き合っている」状態と言えます。社会の変化,経済の揺らぎ,業界の構造変革,人々の価値観の変化,それら全てを前提としたうえで,私たちは今,正面から課題と可能性に向き合い,行動しています。

もちろん前向きなだけでなく,危機感などもあります。しかし私たちは,厳しい現実に目を背けるのではなく,希望を持ってできることに集中する道を選びました。厳しい条件が並ぶのは承知の上です。それでもなお,「人と環境」においてエムールにできることは何か?その問いに対して,誠実に,本気で,挑み続けています。

社会の変化

2025年は,世界が再び大きく揺れ動いています。トランプ大統領の復帰により米中対立が一層激化し,関税再導入や経済ブロック化の動きが進んでいます。欧州では右派の影響力が増し,国際協調の機運が後退。中東・ウクライナ・台湾周辺の軍事的緊張も依然として続いており,地政学的リスクが経済と生活に直結する時代となっています。

こうした世界情勢は,為替・物流・資源価格に影響を及ぼし,特に輸入依存の高い中小企業には深刻な打撃です。円安は続き,外貨建てで売上を得る大企業は業績好調な一方,内需中心の企業や地域経済には逆風が吹いています。

国内でも構造変化が進行しています。高齢化に伴う医療・介護負担の増加,人手不足の深刻化,そして最低賃金の引き上げやインボイス制度,電子帳簿保存法などの制度対応が企業経営に重くのしかかっています。

このような環境下で,私たちは「変化に適応し続ける力」がより重要になっていると感じています。社会や経済の前提が大きく変わる今,従来の延長線では事業の持続性を保つことが難しくなっています。加えて,人々の暮らしや価値観も変化しており,住環境・仕事環境・睡眠環境への関心も高まっています。

エムールはこうした時代の変化を受け止め,真に人に必要とされる「眠り」や「座り」のあり方を問い続けています。中小企業である私たちだからこそ,変化にしなやかに対応し,社会に価値を届ける存在でありたいと考えています。

エムールの事業について

さて,少しエムールの事業のことを書きます。私たちは,社会変化に対応すべく,常に自己の定義を見直しています。つまり,エムールとは何か?を常に考えて更新し続けています。そのために必要な要素は,時代認識と付加価値です。

私たちが顧客に提供するものは,人間の「寝る・座る・たたむ」を快適にするものです。日本は,言うまでもなく超高齢化社会です。この現象に対して何ができるのかを真剣に考える必要があります。人間は20歳前後に肉体的なピークを迎え,その後は徐々に衰えていきます。運動機能の低下は日常生活に影響を及ぼします。フレイルという言葉がありますが,病気ではないが,加齢とともに筋力や心身の活力が低下している状態を指します。そして,日本はフレイル人口が増加しています。

岡本ら(1996)による研究1)では,健常老人の日常生活時間のうち臥位時間は平均8.5時間,座位時間は平均7.9時間とされています。日常生活の中で多くの部分を占めるのが,「寝る・座る」という行動なのです。この長い時間の快適性を高めることはQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めるうえで極めて重要です。エムールは,「寝る・座る」の快適性を高め,人々の健康を支える寝具・家具ブランドであると定義できます。

人間と寝具・家具との関係性

私たちの視点は,常に人間に向いています。人間に着目し,人間の心理と身体の両面を満たすことを目指しています。もう少し具体的に書くと,私たちの関心は,人間と環境の間にある現象にあります。千葉大学の小原二郎名誉教授は,インテリア下着論を唱えられました。建築が洋服であるとすれば,室内計画は下着にあたる。人間の肌に触れる下着は,洋服よりももっときめの細かい設計の技術が必要である。下着にあたるのは,人間の身体に接する人体系家具であるが,それが研究としては抜けていることを指摘されたのです。また,小原教授が監修された書籍『新装 インテリアの人間工学(ガイアブックス, 2008)』の帯では,「日本には食通はいるが,「すわり通」や「寝通」はいない」という言葉も発せられました。このことから,エムールは人間と寝具・家具との関係性を真剣に考えるようになり,研究活動を定期化するようになりました(研究業績はこちら)。経済においては,昨今の睡眠ビジネスの隆盛により。枕・マットレスなどの参入企業は拡大していますが,学会に参加すると研究発表をしている企業は皆無です。小原先生の懸念は今もって続いている状況です。エムール睡眠・生活研究所の神川康子名誉教授,常にご指導をいただいている広島国際大学の田中秀樹教授,早稲田大学の佐野友紀教授など,素晴らしい先生方の導きがあり,寝る・座るの研究活動を続けることが出来ています。心より感謝申し上げます。

また,世界的に住宅の狭小化が進んでいます2)。この現象については,様々な議論が必要なのですが,本文では「小さい空間における快適性と利便性について」を課題としてエムールは考えているという前提で話を進めます。小さい空間に対しては,使用時と収納時の形態変化を実現することで空間有用性を高める効果が生まれます。一般的には折りたたみ家具に代表されます。私たちは,その空間有用性に寝心地・座り心地を高めた「TATAMU®」という商品を開発しています。「寝る・座る・たたむ」が快適になる商品を開発することで,人間の健康を支え,QOLを高めることに取り組んでいます。このことで,エムールはより社会に必要な企業になると信じ,研究と商品開発に取り組んでいます。

単なる便利で留まらない

そして,私たちは日本文化を尊重し,また東京という世界を代表する都市から発信していることも踏まえて,単に便利な商品だけでは留まらないようにしています。一言で言うと文化や情緒を感じるモノづくりをしています。実際に使用されている方にはご評価いただいていますが,Web画面では分からないこだわりが詰まっています。三つ折りマットレスを例に挙げます。エムールの商品は,有名企業に比べ,より密度が高いウレタンを使用し,より質感の良いデザイン性のある生地を使用しています。また,インナーカバーやファスナーなど目に見えづらい所にもコスト優先ではなく品質向上の志向で商品設計を行っています。そして,エムールは直販のビジネスモデルから価格も値ごろです。知名度ではかないませんが,商品を直接比較したら上回ると自負しています。実際に,立川,青山ショールームで体験いただいたお客様は「価格に対して,品質が抜群に良い」「今まで○○社の商品を使っていたが,これからはエムールだ」「もっと有名になってほしい」というお声をいただきます。

これからも,使う人にとって,より良い「「寝る・座る・たたむ」の商品を開発し,日本文化を背景としたこだわりを提供していくのがエムールです(ブランドサイト)。その結果,ビジョンである「眠りで世界の人を元気にする」を実現することを目指していきます。

エムールを世界

エムールは,日本で生まれたブランドであるし,常に日本のお客様に貢献することを考えています。しかし,ビジネスの側面で見ると,日本だけではビジネスが成立しなくなる可能性が高まっています。日本だけではなく市場をより広く捉える必要があると考えています。

海外事業については,2014年のアメリカから開始しました。アメリカの後,カナダ,ドイツ,フランス,イギリス,オーストラリアと広がりました。前期はイタリア,スペインでの販売もスタートしました。日本発のインテリアブランドとしては,海外に積極的に挑戦している企業の1つかもしれません。しかし,まだ始まったばかりですし,トラブルの連続です。エムールが貢献したいブランドの背景をしっかりと伝え,商品の先にあるものをご評価いただけるように尽力していきます。

エムールのビジネスモデルと挑戦

今まで書いてきたように,エムールはビジョンを大切にし,明確にし,有能かつ志の高い社員や取引先さまの日々の活動によって前進しています。しかし,ビジョンだけでは継続性が保証されません。ビジョンに向かい,事業を継続するためにはビジネスモデルが重要です。エムールはビジネスモデルを磨くことについても,商品開発と同等以上に重要視しています。ビジネスモデルとは,「どのように価値を創造し,顧客に届け,自らも収益として獲得するかを論理的に記述したもの」を指します。ビジネスモデル研究の大家である井上教授との出会いにより,ビジネスモデルについて絶え間なく考える機会を得ることでエムールのビジネスモデルが磨かれてきました。ビジネスモデルを変化,強化することで事業の継続性が高まったのは確実です。

20期に向かって,その先にあるものを目指し

このように,攻めと守りのバランスが整うことで,挑戦の土台が出来上がります。最後にもっとも重要なのが組織,組織で働く人です。エムールには,ビジョンを理解し,人間への愛情をもって一生懸命に能力を発揮してくれる社員がいます。創業19年が経ち,少しずつではありますが,素晴らしい社員が増えてきました。攻めと守りと人が揃ってきたことで挑戦できる内容が変わってきました。商品開発も,ビジネスモデルも,人と組織も何一つ簡単なものはありません。無論,今も課題だらけです。しかし,毎年少しでも前進していることがとても嬉しいのです。

そう考えると,改めて感謝を伝えたいのは,エムールの社員一人ひとりです。エムールは,こだわりの強い会社だと思います。ただ,私たちは「上場したい」「売上No.1を目指す」といった目標を掲げているわけではありません。また,名誉や肩書きのために事業をしているわけでもありません。私たちは,社会課題の解決に寄与する企業でありたいと考えています。そして同時に,学術的な知見の創出にも貢献したいという想いを持っています。現場で得られる実践知を,研究という形で学術界に還元することで,より広い社会への貢献につながると信じています。

そのため,エムールでは,商品をつくるときも,Webコンテンツをつくるときも,新しいサービスを設計するときも,常に「意味」が問われます。ただ売れることではなく,「なぜそれをやるのか」「誰にどんな価値を届けるのか」といった問いを大切にしているのです。もっと簡単に売上をつくる方法があったとしても,私たちはあえて選びません。浪漫と算盤を両立させながら,より高い次元を目指す,そんな道を選び,日々取り組んでくれている社員たちに,心から感謝しています。

この姿勢が,お客様や働く仲間にとっても,そして事業の持続可能性にとっても,良いものだと私は信じています。ただ,それが「正解」かどうかは,まだ分かりません。それでも,自分たちの信じる道を一緒に歩んでくれる仲間がいることが,何よりの力です。20期も,エムールは「眠りで世界の人を元気にする」というビジョンを胸に,魂を燃やして挑み続けます。どうぞ,これからもよろしくお願いいたします。

2025年7月4日
株式会社エムール
株式会社スリープテクネ
代表取締役
高橋 幸司

<引用>

1) 岡本豊, 森島健, 関屋曻, 宮下智, 矢野幸彦, 山本泰三, ... & 鈴木洋児. (1996, April). 491. 健常高齢者における 1 日の姿勢と時間. In 理学療法学 Supplement Vol. 23 Suppl. No. 2 (第 31 回日本理学療法士学会誌 第 23 巻学会特別号 No. 2: 一般演題集) (p. 491). 日本理学療法士協会 (現 一般社団法人日本理学療法学会連合).

2) https://www.urbanstudiesfoundation.org/2024/05/02/shrinking-domesticities-towards-a-global-research-agenda-on-urban-micro-living/